matsunaeのブログ

親鸞を書きたい。随筆として書いたら良いのか?小説として書いたら良いのか考慮中

matsunaeのブログの新着ブログ記事

  • 頑 固 な 石

               (一) 「あなたの石は、硬くて取りきることができませんでした」 「…………」 「だいぶ年季が入っているようですが、いつ頃からですか?」    年季と言ったって、そんなこと分るはずないよ! 「石は手ごわくて、一回では取り切れません。三、四回通ってもらわねば……」  女医は三十歳... 続きをみる

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  • 謎の国 楼蘭(八)ロブ・ノール

     ……翌朝、陳は南方の窪みを越え丘の上から、通行しやすい道を見つけるため辺りを偵察していた。東方の彼方からは、燃え立つような太陽が昇り、燎原の炎のようだ。北の方は広々として平坦な土地だが、南の方には、かなり高い丘が見える。陳は、キャンプへ帰ると出発を命じた。  キャンプ地を出発し、忍耐も尽きるころ... 続きをみる

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  • 謎の国 楼蘭(七)タクラマカン砂漠

     先頭を歩くキャラバンリーダーに続き、ラクダの鎖のような長い列が一列になって進み始めた。出発してしばらくは、タクラマカン砂漠を見つめながら、タマリスクの茂みの間を 進んだ。先ほどまで荒れ狂っていたロバも、列を乱すことなく、おとなしく従っていた。  点々として生えていたタマリスクの茂みが、しだいにま... 続きをみる

  • 謎の国 楼蘭(六)東に向かって

     旅立ちの朝、人々は「お母さん、お母さん」と呼び続ける子供を叱りながら手を引っ張った。子供たちは、故郷を離れるときも、遠い旅をするときも、母と一緒だと思っていたのに、今はからずも引き分けられて、悲しさばかりが胸に溢れてくる様子だった。  総勢で一千名を上回る人数である。旅立ちの日までに、町で手に入... 続きをみる

  • 謎の国 楼蘭(五)アーリア人の旅

     地上から姿を消してしまった砂漠の国[楼蘭]には、いかなる人々が暮らしていたのか? 現在の西域地方は、大部分が中国の新疆(しんきょう)に包含されているが、当時は中国の西北部に当たる大砂漠地帯で、いわゆる異民族の住む異域であった。  楼蘭を制する者は、シルクロードを制する。とまで言われていた時代、漢... 続きをみる

  • 謎の国 楼蘭(四)楼蘭の美女

    その後、更に三年過ぎた二千四年一月、考古学研究所とNHKが共同して、小河墓の発掘に当った今回(二千四年一月)も、隊長はイディリス・アブドゥラスルであった。中国考古学研究所のメンバーが発掘現場に着き、最初にやらねばならなかったことは、墓地に散乱している棺の破片や、倒れている墓柱の整理であった。散らば... 続きをみる

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  • 謎の国 楼蘭(三)甦った墓地

    一九三四年、中国政府から依頼を受けた、スウェーデンの考古学者ベリマン(ヘディン調査団の一人)が、地元の漁師オルドックの案内で、タクマラカン砂漠の中を流れる孔雀河を遡っていると、砂丘の向こうに高い枯れた木の柱が無数に立っているのを発見した。  柱は長い年月、強風に晒されて亀裂が入っている。近づいてみ... 続きをみる

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  • 謎の国 楼蘭(二)ロブ湖の存在

    一八九七年頃、世界の地理学会では、ロプ・ノールがタリム河下流の何処に位置したか、と言うことが盛んに議論されていた。  ロプ・ノールとは、タリム盆地のタクラマカン砂漠に、かって存在した塩湖で、後に[さまよえる湖]として知られるようになった著名な湖(みずうみ)のことである。紀元前一世紀頃の漢の時代には... 続きをみる

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  • 謎の国 楼蘭(一)小河墓遺跡

     二千三年の十二月、中国文物考古学研究所のグループが、タクラマカン砂漠を、西に向かって走っていた。目指すは古い都の廃墟、小河墓遺跡である。発掘隊長は、イディリス・アブドゥラスル。 タクマラカン砂漠での言い伝えでは、遺蹟を荒したり、遺物を持ち去ろうとする者には呪いがかかるという伝説がある。  千の棺... 続きをみる

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  • 謎の国 楼蘭 序文

           序  スヴェン・ヘディンは、一八九九年二月、第二回中央アジア探検に出発した。途中、召使の一人エルデクが、前のキャンプ地にシャベルを忘れ、取りに行って戻ってくる間に遺跡を発見した。これがヘディンの楼蘭遺跡発見のきっかけであった。  一九二七年ヘディンは、四回目になる大々的な西域探検を行... 続きをみる

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